IT系女子ログ

Webデザイナーのエッセイ。デザイン、コーディングで気になることをあれこれ考える。

デザイナーが1pxを大切にしたい理由

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経緯

以前Twitterで、デザイン制作に対しての価値観が、自分と社内のメンバーとでズレがある、と感じたことをつぶやきました。

 

このあと、関連した話題のご意見をたくさん伺うことができました。
自分の悩みを捉え直せるいい機会に恵まれたのですが、当時はいろんなご意見を消化して言葉に落とし込むことができず、ただモヤモヤした感情を抱えた状態が続いていました。 

8ヶ月たった今、ようやく考えがまとまってきたので、記事化してみます。

 

デザイン全体の印象は、細部の積み重ねでできている

心地よくなったり幸せを感じるような、惹かれるデザインに何度か出会ってきました。
そんなデザインを手に入れたい、見に行きたいと思うこともあれば、身につけている人が心底うらやましいと思うこともあります。
あるいは、そんなデザインを手元に置いておくのにふさわしい人間になりたい、と思うことさえあります。

ときには美しかったり、神秘的だったり、愛らしかったり、くだらないけど笑っちゃったり、自信がついたり、ホッと安心したり……。

接すると前向きな気持ちになるデザインが大好きです。

 

デザインには人の心を動かして行動を変えてしまう力があります。

細部のすべてが必然のようにハマっていて、強烈な意思のもとに存在しているのでは、と惚れぼれするくらい。そんなデザインにはまっすぐに心を掴まれます。

 

デザインには、膨大な時間と労力をかけるのにふさわしい価値があります。

 

 

1pxの調整に力を注ぐことはデザインではなくアート?

そうとは限りません。

デザインとアートは重なる部分もあるけれど、対立するものではないと私は思っています。アート的要素が垣間見えるからといって、「それはデザインじゃなくてアートじゃん」と一概にくくれない。これが私の一意見です。

 

伝えたいものやことを、伝えたい対象へできる限りブレずに伝えることが、デザインの役割です。限りなくブレずに正しく伝えられるかどうかに、細部の積み重ねが作り上げた見た目や機能、ユーザーに関わる制作物のすべては大小影響します。

細部の調整に力を注ぐことは、アートに限らずデザインにも必要だと思います。

 

与件に従うことが妥協になっていないか

デザイン制作が仕事として成立するために、受発注者同士ですり合わせて定義した制作物を納期までに納品する、という条件があると考えています。

 

細部に注力したいなら会社に属さず個人でやるべき?

チームだったら細部の調整の優先度は低くなるのでしょうか?そこにチームか個人かは影響するのでしょうか?

会社員でも個人でも約束事を守る必要があるし、会社員でも個人でも最大限の努力を投じる資格はありませんか?

 

見るべき方向はまずは社内でなく社外です。チームだから細部の調整に時間を割けなくてもしかたがない、と捉えかねないいくつかのご意見を目にしました。

それらがどうにも腑に落ちなかったのは、個人的に他責的な諦めが感じられること、制作の時間配分とチームワークとは直接的でない話だと思うからでした。

 

私はユーザーやクライアントのためにデザインを制作できるよう努めています。(さらにいうとユーザーやクライアントのためにデザインをしたい私自身のために日々デザインをしているとも言えます)

まだまだ訓練が必要だけれど、そのときそのときでより良い制作ができるよう精進しています。それは、ユーザーやユーザーを想うクライアントのためです。
関わる方の負担を減らせるようフローを見直したり、気持ちよくお仕事できるように配慮をすることも、最終的にユーザーやクライアントにより良い制作物をお届けできることに繋がると思っています。

 

いくら自分が納得できる制作ができても、誰にも伝わらないデザインはデザインと呼べません。ユーザーを想う気持ちが不在のデザインをアートと揶揄して、「やりたきゃひとりでやりなよ」と突き放すのは話が早いのかもしれません。あまりに過剰な自意識から作られるデザインのようなものに対しては、私も同感です。

 

一方で、商業デザインだからって効率良ければ無条件にOKってものでもない

 

ユーザーにより適切に届けてクライアントにより良い成果をもたらすために、細部の統一を図ったり最適な表現や構成を探ったりすることは、デザインの制作プロセスでも珍しくない。

納期や予算の範囲内で、時間の許す限り試行錯誤して制作を続けることは、その領域を任されているデザイナーだからこそ、主体的にできることです。

 

細部を時間や労力をかけてより良いデザインを目指すことは、美学やこだわりだとは思っていません。

私は、デザイナーの大切な仕事のうちの1つだと思っています。

それは、ユーザーやクライアントに対して、真摯な向き合うことにもつながるのではないでしょうか。

  

あたりまえをあたりまえに行う難しさ

正しく伝えることってあたりまえのことかもしれないけれど、あたりまえのことをコンスタントに実現するのは、けっして簡単なことではないです。

私の狭い経験でも、時には大変な労力が必要なときもあったし、あたりまえなのに実現できない場面に立ち会ったことも何度かあります。

 

あたりまえをあたりまえに行えるように、高い理想かもしれませんが細部の調整を指名で依頼されるくらいデザイン力を高めていきたいです。

 

 

結論

デザインには、制限があるからといって簡単に妥協するのではなく、目的達成の実現に向かって最大限努力する価値があると、思い至りました。

  • 全体は細部からできている
  • 制限を守って制作することは、妥協して制作することでなはい
  • デザインには時間や労力を注ぐ価値がある

以上が、私がデザインの細部を大切にしたい理由です。  

 

言葉だけでなく技術の伴うデザイナーになれるよう、来年に向けてさらに基礎練習を積み重ねていきます。制作物で語れるデザイナーに憧れますが、まだまだ道は険しそうです。

 

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